パラボラアンテナの近傍構造物影響解析の検討         最新改定 2020.Mar.31 JH3FJA

 FaceBookのアンテナ関係のグループで刺激的な障害物を臨むパラボラアンテナの写真を添え 「アンテナ近傍の電線が電波に及ぼす影響、解析できますか? ここをEMEの信号が通過するときは聞こえなくなります。電線の本数と間隔、角度、距離の問題でしょうか」 との投げ掛けがありました。 開口面アンテナの近傍界にある構造物の影響、とても興味があり考察してみたものです。

テーマの情景 アンテナの界領域 フレネル領域 障害物からの再放射 モデル化への考察
各部位のモデル シミュレーション結果

テーマの情景


アンテナ :
 周波数 1296MHz(波長0.231m)、円偏波
 パラボラ反射器外径 Φ4.4m、焦点距離 1.43m
 推定ゲイン33dBi
 開口中心高さ GL+ 4〜5m(仰角依存)

障害物 :
 保安地線、高圧3相配電線(GL+ 15m)
 自立電柱(鉄筋コンクリート)、支持腕木(金属)
 電柱まで離れ 約20m


アンテナの界領域

 アンテナ周囲の電磁界分布の性質はアンテナの大きさと離隔位置によって異なり、その要因はアンテナが点波源であっても発生するものと アンテナ自身が広がりをもつために発生するものの2つがあります。
 波長に比べて十分近い領域では静電界や誘導電磁界が主で放射には直接には寄与しない成分です。点波源の極く近くでの電磁界は 距離の3乗に比例して変化しますが1波長程度の距離では放射界が優勢となります。
 一方、波源が広がりをもつ場合(波長の数倍以上の開口面アンテナはこれ)、空間的に分布する波源からの寄与は波源の各々の点からの寄与の複素的な重ね合わせ結果として観測され 「フレネル領域と呼ばれる離隔位置によってアンテナの放射パターンが変化する領域」 が生じます。アンテナから十分離れた領域では放射電磁界は球面波となり(フレネル領域で生じるような)離隔距離によるパターンの変化はなくなります。
 下図は 方形均一波源分布での 近傍領域、フレネル領域、遠方領域 での電界分布の様子を示しています。 無論境目を介し突変するのではなく連続的な遷移の中に定義点が設けられたものです。




広がりを持つ波源がもたらす電界

 a : 波源の大きさ
 λ : 波長
 z : 波源からの離隔距離軸

フレネル領域

 上述の通り波長に比べて大きな開口面波源がもたらす近傍界と遠方界の間にはフレネル領域ができ、アンテナの放射パターンが距離位置により変化するという望ましくない特性が生じます。
 左図はフレネル領域の両境界を開口径と距離位置の関係で可視化した図です。なお、点状波源ではD/λが限りなくゼロに近いのでフレネル領域は形成されません。
 放射パターンの距離による変化の要因は 「開口の中心と開口の端部の距離差(ΔR)に対応した位相差により開口面上で同位相・同振幅に揃った状態を維持できない」 からです。右図において パス a点〜c点 と パス a点−b点 の距離差は ΔR=D^2/8R であり 開口径に比例して大きくなり、また離隔距離に反比例して小さくなります。 フレネル領域の遠い側の端(遠方界との境目)は距離差ΔRが λ/16 となる離隔距離として定義されたものです。

障害物からの再放射

 高圧送電線や同鉄塔でのVHFテレビ電波の再放射は歴史的にも有名な事象で市街地では影響戸数が多く 電力会社がケーブルTV会社を興すきっかけの一つになった例もあるほどです。
 理論的にはこの古くからあるNHKによる論文が最も詳細で具体的な計測での裏付けまでされています。
   テレビジョン学会技術報告 1977年1巻 2号 送電線によるテレビ電波の再放射
 次にはNHKのOBがやや平易に説明した資料です。説明が欠落していますが h1は送信アンテナの地上高、h2は受信アンテナの地上高です。
   民間会社ホームページ 送電線鉄塔や導線(電線)からの受信障害の概要
 次の点がポイントのようです。
  ・ 直角入射(長手直交断面で見て全周再放射)に比べ斜め入射の方が厳しい
  ・ 電線径が大きくなるほど再放射も多くなる

今回情景は右側の前方散乱のようです。

直角入射 :

電線長手中心軸を中心の同心円状電界が形成 されます(これは斜め入射の特別なケースでもあります)。

斜め入射 :

入射波の前方散乱方向と光学的反射方向の2つを外周傾斜とする円錐状電界が形成されます。

 以上は金属導体に対してのものでしたがコンクリート構造物に対しては次のような資料が参考にはなります(コンクリート電柱はコンクリート・鉄筋、かつ中空構造の不均質で非常に扱い難い対象です)。
   鉄筋コンクリート壁の比誘電率推定 (計測と制御 第53巻 第3号 2014年3月号)
   屋内電波環境推定のための一般建築材料の透過反射特性に関する実験的検討 (大成建設技術センター報 第38号(2005) )
 以上から
  ・ 200mm厚さのRC板の透過損失は10〜15dB程度・誘電率は7.4−j1.0
   (中の鉄筋グリッドはΦ10mm鉄筋の110×110mm正格子を2層)




1〜1.5GHz辺りの損失量盛り上がりは配筋グリッドでの共振によるものです。


モデル化への考察

 解析対象の関連挙動は概ね分りました。 『 フレネル領域内にある目的外波源が目的信号の受信に複合し乱れる様を目的外波源の出現の有無で比較できればよい』 のです。
 比較的簡単に使えるモーメント法によるアンテナ解析ツール(具体的には4NEC2)の起用を想定してみると いくつか不安事項はありますが次のようにします。

1) 回線の相反定理の維持

 遠地点からの開口部アンテナへの電波の到来、一部がアンテナ近くでの障害物による再放射し それも到来 という受信 と、 開口部アンテナから輻射し遠地点へ到達、一部がアンテナ近くでの障害物による再放射し それも到達、という2つの伝播方向の可逆性です。  障害物の形状がどうあれ再放射も可逆性があると言えるネタは見つかっていませんが障害物をワイヤモデルで扱っている限り結局は微小ワイヤセグメントの集合ですから元電界からの影響による電流による輻射は扱えています。 例えば八木アンテナの導波器・反射器は(効能ある特異な)障害物であり 送信での再放射、受信での再放射を(意識しない間に)可逆的に扱っています。

2) 巨大なセグメント数になるパラボラ反射板モデル

 モーメント法での面状導体のモデル化手段はワイヤグリッドしかありませんが グリッドピッチを波長の10分の1程度(1.2GHzだと23mm)と細かく採る必要がありΦ4.4mの反射板を扱うには壮大なセグメント数となり計算時間は数時間オーダになります(4NEC2の計算実行時にDOS窓に表示されるメッセージにある最大セグメント数MAXMAT=1500 の表示はモデルのセグメント数を見て 3000、5000、8000 と表示が変化し実質的な制約はPCのメモリサイズと計算時間になります。
 定量性を半ば捨てることになりますが障害物の空間的配置ができるフレネル領域の大きさ(アンテナ開口径との関数)を主眼にパラボラ反射板直径を縮小することにします。


縮小概念です。
アンテナ開口位置でみた中心と端との到達距離差を同じに維持します。

3) 障害物影響を何で眺めるか

 障害物とよぶ構造物の ない時/ある時 での ファーフィールドパタン(ゲインと384400km先の電界強度) の違いで眺めます。


各部位のモデル

<パラボラアンテナ>

 当局所有のデスクトップPCで1ケースの計算時間が10分以内を意識し セグメント数の最大を5000位としパラボラ径の縮小倍率をラウンドナンバーに採り「4分の1の大きさ」とし以下の要目とします。 なお放射器はもっとも簡単な手段でクロスダイポールとします。口径の割にゲインが採れていないのは面模擬意図のグリッドピッチが荒いからです。
  ・ 中心周波数 1296MHz (波長 0.231 m)
  ・ パラボラ反射器外径 Φ1.1 m、焦点距離 0.3575 m
  ・ 一次放射器は半波長クロスダイポール (90deg移相給電による円偏波)
  ・ 中心軸ゲイン 17.4dBi
  ・ アンテナモデル ワイヤ数 930本、セグメント数 3770

ワイヤモデル 垂直方向パターン 水平方向パターン

3D指向性パターン 電界強度パターン(384400km離れ)

 この結果 フレネル領域の縮小は次のようになり障害物寸法も縮小します。



<架空配電線>

 いわゆる電柱で支持された3300Vや6600Vの3相高圧線ですが 導体は硬銅線や硬アルミ線で 絶縁体は架橋ポリエチレン、ポリエチレン、エチレンプロピレンゴムなどです。 導体径はΦ5〜6mm、仕上がり径はΦ12mm程度のようです。

<腕金物>

 各電力会社により多様な寸法のものがあるようですが 課題写真にあった L1500×□75mm 鉄製 とします。
 配電通信カタログ 大谷工業に他の装柱部品を含め掲載されています。

<架空地線支持柱>

 腕金物と同じ寸法材とします。

<電柱>

 鉄筋コンクリート中空円筒構造ですがモーメント法で誘電体の扱いは最も悩むところです。


シミュレーション結果

<架空配電線の影響>

 まずは 電線3本、Z軸方向に面配置し直交方向からの入射です。

3本の配電線を含むワイヤモデルです。
垂直方向パターン 水平方向パターン
配電線無しとの比較 配電線無しとの比較

 架空地線・3相線・低圧線の計5本、Z軸方向に面配置し直交方向からの入射です。

 架空地線・3相線・低圧線のモデル
垂直方向パターン 水平方向パターン
配電線無し(赤) との比較 配電線無し(赤) との比較

 架空地線・3相線・低圧線の計5本、Z軸(天地方向)に面配置、直交方向からの入射です。

 架空地線・3相線・低圧線のワイヤモデル
垂直方向パターン 水平方向パターン
障害物なし(赤) との比較 障害物なし(赤) との比較



END

改定来歴:
 2020.Mar.31 作成
 2020.Mar.22 作成開始