NE602ダイレクトコンバージョンにおける可聴出力歪           最新改定 2024.Sep.05 JH3FJA

 昔、NE602の登場初期、ローカル何人かで共通頒布部品のNE602/LM386/FCZコイルなどで40mのダイレクトコンバージョン受信機を作りました。その中でLM386入力を含め全段平衡構成で作られた方がおられ(NE602内部は平衡ミキサ、LM386はオペアン)、聞かせてもらうと一味違いダイレクトコンバージョン特有のワチャワチャっとした感じが少ない聴き易い受信音でした。その後、NE602のローカル注入電圧はダイレクトコンバージョン用途では規定値よりも高い側に最良点があるとの話題があり、これら2つを回路シミュレーションで模索的に検討してみたものです。

IC内部回路と出力歪の比較方法

IC内部の構成

 NE602内部は外付け回路によりローカル発振器として動作する回路部と、ミキサ機能として動作するギルバートセル型乗算回路から構成されます。前者回路部(左上のトランジスタ表現の部位)は外部ローカル信号の注入の場合エミッタフォロアとして動作はしていますが分岐されたミキサへのパスが本筋信号です(厳密にはベースバイアス抵抗でのドロップ分DCレベルは変化している)。ミキサであるギルバートセル型乗算回路は3つの差動増幅器(Q1/Q2、Q3/Q4、Q5/Q6)を組合わせた2入力1出力の乗算器で、Q1/Q2差動増幅器に受信信号を、Q3Q5/Q4Q6にローカル信号を、そして出力はQ3Q6/Q4Q5の各コレクタ電流を加算したものを各出力抵抗で電圧信号化します。この差動増幅器の段積みとタスキ掛け構成で2つの入力信号極性の組合わせがどのような場合でも乗算出来る4象限動作をするのが特長です。(もし半波でよければ Q1、Q3/Q4でやれます)。 発案者(発明者)は電子工学者・アナログ回路開発者として有名なBarrie Gilbert氏、通信分野のアナログミキサを含めた機能ICのミキサ部分は大抵このギルバートセル型です。

内部回路モデル
 内部回路モデルは、W3JDRが創作のNE602/SA612 OSCILLATOR IC MODEL (下図)を使います。 図の右上に外部回路なし状態での各端子電圧や電源電流等が付記されていますが、これらは現品ICでの計測値に極めて近く内部回路構成がDC直結回路であることもあり、今目的の外部信号取合いスタイル(バランスかシングルか)の違いによる可聴出力歪特性の相対比較用として適用できると判断しています。




 余談になりますが、ギルバートセル型乗算回路の原形特許はハネウエル社のHoward E Jones氏による US3241078A Dual output synchronous detector utilizing transistorized differential amplifiers です。左図はそこでの説明図Fig1です。平衡構成に展開する前の基本動作を追うのにも良い図です。
 ( 回路シミュレーションで波形を追ったものを掲げておきます )


 同じく説明図Fig2ですが、4つ目のレベルコントロール用差動回路(179、191)を外したものがギルバートセル型乗算器に該当します。

復調出力歪の眺め方
 2信号入力による復調信号の周波数スペクトルにおける「復調レベル」、「3次混変調積」、「可聴周波数域でのノイズフロア」に着目して比較する方法を採ります。入力2信号周波数は 501.75 KHz、503.00 KHz 、ローカル注入信号周波数 500.00 KHz とします。よって復調信号における2周波数は 1750 Hz(f1)、3000 Hz(f2)となり、3次混変調積は 2f1-f2 (500Hz)側を代表的に眺めます。 可聴周波数域でのノイズフロアについては概ね 300Hzから4KHz辺りに着目し眺めます。


「信号取合いスタイル」比較ケースと結果

 次の6ケースをやってみました。「バランス」は平衡信号渡しのスタイル、AF出力側においては中点接地のケースも含みます。「シングル」は片側接地の信号渡しスタイル。NE602内はすべてDC直結であるため接地はコンデンサでDCカットした交流的な接地です。
 結果、着目要素のいずれにおいても大差はなく、敢えて言うならケース3b入力シングル・出力バランス のスタイルが良いようではあります。
 復調可聴出力歪の眺め方自身は良さそうなことが分かったので現物回路で眺めてみようと思います。
ケースRF入力
信号取合い
AF出力
信号取合い
AF出力
ノイズフロア
1750Hz復調
レベル(Ref)
3次相互変調歪
500Hzレベル/対Refレベル差
1aバランスバランス-205 dB-69.2 dB-125.5 dB / -50.8 dBc
1bバランスバランス-210 dB-69.2 dB-122.2 dB / -49.5 dBc
バランスシングル-210 dB-71.3 dB-125.1 dB / -48.9 dBc
3aシングルバランス-210 dB-70.7 dB-127.3 dB / -50.3 dBc
3bシングルバランス-210 dB-70.7 dB-126.9 dB / -52.3 dBc
シングルシングル-210 dB-72.4 dB-127.9 dB / -50.6 dBc

ケース1a RF入力バランス/AF出力バランス


復調信号レベル
 -74.7 dB

ノイズフロア
 -205 dB

3次混変調積
 -50.8 dBc


ケース1b RF入力バランス/AF出力バランス


復調信号レベル
 -72.7 dB

ノイズフロア
 -210 dB

3次混変調積
  -49.5 dBc


ケース2 RF入力バランス/AF出力シングル


復調信号レベル
 -76.2 dB

ノイズフロア
 -210 dB

3次混変調積
  -48.9 dBc


ケース3a RF入力シングル/AF出力バランス


復調信号レベル
 -77.0 dB

ノイズフロア
 -210 dB

3次混変調積
  -50.3 dBc


ケース3b RF入力シングル/AF出力バランス


復調信号レベル
 -74.6 dB

ノイズフロア
 -210 dB

3次混変調積
  -52.3 dBc




ケース4 RF入力シングル/AF出力シングル


復調信号レベル
 -77.3 dB

ノイズフロア
 -210 dB

3次混変調積
  -50.6 dBc



「ローカル注入レベル」比較ケースと結果

 NE602をダイレクトコンバージョンで使う場合、ローカル注入レベルのAF出力への影響はかなりあることは知られていますが、歪への影響までを明確にされたケースは見当たりません。 外部注入ローカルレベルのICメーカの規定値は 200mVpp〜max300mVpp、外置きのDCカットコンデンサ下流での交流成分の値ですが海外の自作例ではもっと高いレベルで注入したものもあり バランス入力/シングル出力の構成で代表し次の3ケースのローカルレベルでシミュレーションしてみました。
 結果、注入レベルを上げると復調AF出力のノイズフロアは悪化しますが、3次混変調積は改善されるレベルがあり、1000mV(zero-peak) 辺りが良好なようです。 なお、ほかの入出力スタイルにおいても同様の変化傾向を示しノイズフロアを妥協してより良い3次混変調積を得るというやり方が採れそうです。

 ケース RF入力
 信号取合い 
AF出力
 信号取合い 
ローカル
 注入レベル 
AF出力
  ノイズフロア  
1750Hz復調
  レベル(Ref)  
3次相互変調歪
  500Hzレベル/対Refレベル差  
Aバランスシングル100 mV-205 dB-76.2 dB-125.1 dB / -48.9 dBc
Bバランスシングル500 mV-175 dB-71.2 dB-119.6 dB / -48.4 dBc
Cバランスシングル1000 mV-165 dB-71.2 dB-133.8 dB / -62.6 dBc

ケースA ローカル 100mV (規定レベル)


復調信号レベル
 -74.7 dB

ノイズフロア
 -205 dB

3次混変調積
 -48.9 dBc


ケースB ローカル 500mV


復調信号レベル
 -71.2 dB

ノイズフロア
 -175 dB

3次混変調積
  -48.4 dBc


ケースC  ローカル 1000mV


復調信号レベル
 -71.2 dB

ノイズフロア
 -165 dB

3次混変調積
  -62.6 dBc


END

改定来歴:  2024.Sep.05 作成