3極管自励コンバータの検討              最新改定 2018.Aug.13 JH3FJA

 数本の真空管で構成する受信機の設計・製作は 随所に色々な工夫代があって デバイス機能に縛られた設計とは異なる楽しさがあります。 ここでは 構成要素の中に周波数変換を含めようとした際に利用できる 「3極管1つで実現する自励周波数変換回路」 を検討したものです。 例によって基本的なところは温故知新から出発です。

1. 96式空3号受信機

 横浜旧軍無線通信資料館の館長より 旧日本軍96式空3号無線電信機の3極管コンバータの回路図を教えて戴きました。 適用されている真空管は37A 検波増幅用の傍熱3極管で gmが1100(μS)、μが9.2 です。


 これが戴いた回路図です。

 96式空3号無線電信機の受信機部は、長波受信範囲が300〜500Kc、構成は 2-V-2 オートダイン。 短波受信範囲は5〜10Mc、その構成は長波受信系の 2-V-2 の前段に5極管高周波増幅1段と 3極管自励コンバータを付加する形態の 高1中2スーパヘテロダイン受信系 (トータル8球) となっています。

 図の左上から空中線入力、同上方の切替え回路が この長波受信と短波受信の構成切替えスイッチです。

 図中央の3極管自励コンバータ部分を見てみると 再生付きグリッド検波回路そのものを発振域で使いグリッド検波の非線形域で受信信号を注入し変換するようです。

2. Wireless World誌 1933年のコンバータ回路

 96式3号での回路特徴(グリッド検波 論理積 周波数コンバータ)をキーワードとして古い関連誌を検索してみると Wireless World誌 1933年5月号 (サイズ154KB) にラジオに付加し短波放送を聞く単球コンバータの記事がありました。これは 96式空3号の自励3極管コンバータと同じやり方です。 更には単球構成か否かは別として右2つのような付加短波コンバータ商品の販売広告が1930年から頻繁に掲載されています。 96式空3号は真珠湾攻撃のまさにトラトラトラの発信元機材ですから1941年には共用にあり、同じ方式が1933年の一般誌に登場していますから この方式の短波コンバータは当時 一般的なものの1つであったと想像できます。

3. 再生発振グリッド混合方式のシミュレーション

 1.や 2.スタイルの方式名が見当たらないので 「再生発振グリッド混合」 と呼んでおきます。 再生は発振に至らない領域を指すので何やら文句がつきそうですが・・・)。 以下にシミュレーション回路モデルと諸結果を示します。 モデルは実際的な製作を加味し6U8(昔の真空管テレビではポピュラーな5極3極複合管)の3極管部を使った80mバンドのコンバータとしています。 主に眺めるのは変換出力(複同調回路の2次側) と RF信号入力点(信号源50オームの右側)です。 前者では変換利得と出力のスペクトル(の綺麗さ汚さ)、後者では発振成分・IF成分の漏れ量の程度に着目します。

<IF周波数:56KHz>
回路モデル
変換出力の波形
変換出力の周波数スペクトル
信号入力点の周波数スペクトル

 変換利得は15dB強、入力点での局発成分漏れは-40dBほど、IF成分漏れは-80dBほどです。

<IF周波数:178KHz>

 178KHzは RF入力周波数の50分の1ほどにあたる周波数です。
回路モデル
変換出力の波形
変換出力の周波数スペクトル
信号入力点の周波数スペクトル

 変換利得は15dBほど採れてはいますが、IF周波数56KHzのケースに比べ時間領域波形でのAF信号包絡線の歪も増え、また入力点での局発成分漏れも-35dB、IF成分漏れ-70dB程度と悪化しています。


4. RCA社 AR-812型ラジオ

 RCA AR-812は Armstrong と その助手 Harry Hock が 世界初の商品としてのスーパヘテロダインラジオ(1918年発表、Armstrongが開発、8球構成)を改良し RF増幅+フレックスIF増幅段 の付加、周波数変換の自励コンバータ化(以前は単独発振回路を持つ他励コンバータ) 等を行い1922年に発表した第2弾のスーパヘテロダインラジオ(6球構成)なんだそうです (下にブロック図)。 なお、今注目するAR-812の3極管自励コンバータ部は局発の第2高調波を混合に利用していますが これは局発リークの外部影響を最小化するよう助手の Harry Hockが工夫したものだそうです。

AR812
ブロック図


< AR-812 3極管コンバータ部のシミュレーション >

 第2高調波との混合という複雑問題にSPICE系真空管モデルがどれだけ耐え得るか不明のままやってみました。 IF出力取り出しは実回路通り1次側(プレート側)同調・2次側インピーダンスは高めの非同調 にしてあります。
回路モデル
変換出力の周波数スペクトル
信号入力点の周波数スペクトル

 第2高調波だけを都合良いレベルで発振させることは出来ませんのでどうしても高調波リッチな発振となり 得られる中間周波成分も綺麗とは言えないスペクトルです。 変換利得も0dBと入力レベルとコンパラです。 もしかしたらIF出力のインダクタンスタンスがもっともっと大きく(アンテナ同調回路にパラに入っても支障がないほどだから)採ってあるのかも知れませんが、それでも変換利得は数dB程度です。 入力への局発成分漏れは原発振(2分の1ローカル)が−55dB、原発振の2倍周波数(ローカル相当)が−25dBと大き目です。
 このコンバータ回路のシミュレーションはやるほどに何か模擬に落ち度がありそうで 本物のAR-812で解明したくなるばかりです。


5. ATWATER KENT社756型ラジオ

 ローカルのOMから教えて戴いた1930年代のスーパヘテロダインラジオ ATWATER KENT社 Model 756の4極管自励コンバータです。 下図が高周波増幅と自励コンバータ部の回路です。 適用されている真空管は「36」 検波電圧増幅用の傍熱4極管で gmが850(μS)、μが470 です。
 なお、全体回路図は ATWATER KENT Model 756 で見ることが出来ます。

 トランスT3の1-2巻線から5-6巻線を帰還パスとするプレート・カソード結合による発振ですが、局発相当周波数の共振回路がM結合で独立しており プレート側コイルとカソード側コイルの間にこの共振回路を介在させ前2者のコイル間の直接結合を疎に採って目的外発振の周波数を高めてあるようです。




< ATWATER KENT社756型コンバータのシミュレーション >

回路モデル
変換出力の周波数スペクトル
信号入力点の周波数スペクトル

 変換利得は15dBほど、入力への局発成分およびIF成分の漏れは皆無に等しいですが 20MHzと150MHzに寄生発振が生じその高調波などが生じています。150MHzは−15dBと強烈ですが回路動作上の実害は起きないと思いますし周波数が高いので要部へのパスコン等で軽減は可能と思います。


6. GK発振グリッド混合によるコンバータ

 こうして診てみると、96式空3号・付加短波コンバータ・RCA社AR-812ではPG結合発振、ATWATER KENT社756型でのPK結合発振にグリッドからRF信号を注入しプレートからIF出力取り出すスタイルで GK結合発振のものがありません(すべてのクラシックヘテロダインラジオを調査した訳ではないので存在しているかも知れませんが・・・)。
 そこでごく普通の単巻1点タップの中波局発コイルを使いハートレ発振回路に信号注入風のコンバータをシミュレーションしてみました。 普通のパディングコンデンサを使い受信周波数+455KHzを発振させます。

回路モデル
変換出力の周波数スペクトル
信号入力点の周波数スペクトル

 変換利得は20dBほど(歪やや度外視でMAX狙い、もう少し低めがよい)、入力への局発成分の漏れは−50dBほど、またIF成分の漏れは−70dBほど、ラジオの初段に置くのは局発漏れが辛そうですがRF段の後ならば使えそうです。


END

改定来歴:  2018.Aug.13 作成