nanoVNAによるソレノイドコイルの自己共振周波数計測            最新改定 2022.Nov.30 JH3FJA

 Facebookのグループ:HAM Antenna Fan Libraryで投稿話題にあった小インダクタンスプローブコイルによる供試ソレノイドコイルの自己共振周波数計測に関連した検討です。

 小インダクタンスのプローブコイルを供試LC共振回路にM結合しVNAのリターンロス・SWR計測により共振固有値を求める計測方法の適用おいては、大きなインダクタンスの空芯ソレノイドコイルの自己共振周波数計測などではM結合の程度、VNA入力の低いインピーダンス(50Ω)の影響に充分注意を払う必要があります。

プローブコイルによる計測法とは
ミューチャルインダクタンス結合での計測
(左図はJA6PVI局作成のもので許可を得て使っています)

 投稿で提起されているこの計測方法は、供試LC共振回路とプローブコイルとを電磁誘導結合し複合化されたインピーダンス回路としてリターンロスやSWRを計測し共振固有値を知る方法です。

 この図では単体のコンデンサとコイルインダクタンスの共振ですが、ここではコイルのストレイ容量とコイルのインダクタンスとの共振(自己共振)が対象の計測です。

話題(お題)の事象
『 プローブコイルによる計測における出現共振点のばらつき 』
S11ミューチャルインダクタンス結合での計測風景
(左図はJA6PVI局作成のもので許可を得て使っています)

 3MHz 〜 30MHzのスキャン、14.3MHz、25.4MHzの2つのピーク(ディップ)が見えたケース。縦軸はポートCH0でみたリターンロス
S11ミューチャルインダクタンス結合での計測
(左図はJA6PVI局作成のもので許可を得て使っています)

 PC接続による計測において自己共振固有値 7.468MHz のみが計測されたケース、3MHz 〜 30MHzのスキャン、供試コイルやプローブコイルは上の「nanoVNA単独計測」と同じ。グラフの縦軸はポートでみたインピーダンスのRとjX、下のグラフではインピーダンスの絶対値

S11ワイヤ接続での計測風景
(左図はJA6PVI局作成のもので許可を得て使っています)

 これは追及のため参考に実施されたコイル単位へのワイヤ接続での計測です。
 3MHz 〜 30MHzのスキャン、21.1MHz、28.7MHzの2つのピークが見えます。縦軸はインピーダンスの絶対値

単層ソレノイドコイルのモデル化
単層ソレノイドコイルのモデル  現象挙動からみて単純な集中定数の共振回路をいくら眺めても要因に辿りつけそうもなかったので、分布定数系回路網でのコイルのやや詳細なモデル化をやってみました。

 巻き線インダクタンスと損失抵抗を単位巻き(図では2回)、さらに単位巻き周内で分割(図では3分割)、これらの素インダクタは隣り合う巻き線間で電磁誘導結合、静電容量の方も同様の考え方で 巻き・周に分割しソレノイドコイルの巻面上の素キャパシタを分布的に配置させます。左図の左上の V が巻き線・電流の起点で反時計方向回りに下に下がりながら分布定数回路的に三角形の辺辺をたどり左下の V' に至ります。

 このコイルの等価回路網への展開の考え方は 次の文献によりました。
 有限長ソレノイドコイルの共振解析
 ステップ応答から考えるコイルの等価回路
 計器用変圧器の電位振動解析


ワイヤ接続での事象
 不確定要素が少ないと思われるワイヤ接続状態での計測を「3分割/ターン10回巻コイルモデル」を描き自己共振特性を眺めてみます。この分割数および推定でしかない分布LCR定数では共振周波数の絶対値までもを云々は出来ませんが 計測情景におけるコイル外界条件の変化での様子は単純なLC集中回路より多くを知ることが出来るはずです。
3分割/ターン10回巻きコイルでの回路
 回路の描画上の配置として 縦方向(列)がコイルの長手方向の巻(w1〜w10まで10ターン)、横方向(行)が一巻きの外周に符合します。
 なお、このモデルでのLC分布定数のパラメータは卓越自己共振周波数を10.5MHz( 別途実施の3バンドアンテナシミュレーションで推定 )に採ってあります(お題でのメーカ製ロディングコイルの自己共振周波数の真値は不明)。


 以下は印加信号源インピーダンス(R1純抵抗)を変化させ共振の様子をコイルのインピーダンス降下電圧(w1と回路コモン間の電圧)で眺めたものです。リターンロスブリッジの偏差電圧をみる方法ではその特性が乗ってしまうので素直なインピーダンス降下電圧で見ています。
50Ω
 R1=50Ω
 卓越自己共振周波数は見えていない

500Ω
 R1=500Ω
 卓越自己共振周波数は見えていない

5KΩ
 R1=5KΩ
 卓越自己共振周波数は見えていない

50KΩ
 R1=50KΩ
 卓越自己共振周波数が見えている

500KΩ
 R1=500KΩ
 卓越自己共振周波数が見えている


 上の信号源インピーダンスの変化による共振の変化(共振回路両端でみたインピーダンス電圧降下)をより簡単な3分割/ターン2回巻のコイルモデル(最小等価回路)で眺めると次の通りです。供試コイルにとっては信号源インピーダンスがLC伝達網を並列にダンプされる形態になり 並列共振固有値・直列共振固有値は維持されたまま負荷効果で共振の見え方が変化します。
2巻モデル
 下図グラフでの色分けは、信号源インピーダンス(R1 純抵抗)の違いを表しており、黄緑 50Ω、青 500Ω、赤 5KΩ、緑 50KΩ、ピンク 500KΩ で、3つのグラフは上から LC伝達系のインピーダンス降下電圧dB(0dB:1V)、同電圧(リニア)、同電圧の位相です。
2巻モデル自己共振特性
 負荷効果を小さく抑えるため信号源インピーダンスを充分に大きくとった上で 供試コイルへ向かっての電流とコイルインピーダンス降下電圧から共振インピーダンスを求めたのが下図です。周波数の低い方の共振は1.6MΩもある並列共振で、高い方の位相変化しか見えていない共振はコイル巻線間容量が小さなリアクタンスとなり極極く小さなインピーダンスとなる直列共振形態だとわかります。
2巻モデル共振インピーダンス


供試LC回路の共振インピーダンスが大きい場合VNAの信号源インピーダンス(50Ω)の負荷効果により真の自己共振点が見えない場合があるので注意が必要です。


プローブコイルによる計測
 本題であるプローブコイルによる計測方法を3分割/ターン10回巻モデルで眺めてみます。 計測系との取り合い条件は下記とします。
  1)プローブコイルと供試コイルは供試コイルの巻きはじめ1ターンのみが結合する
  2)供試コイルのフローティング容量(ストレイキャパシタンス)はターンの周上1点から微小容量でコモン電位に至る
   (テストベンチ上にコイル長手軸を水平置したスタイルを想定)
フローティングした10回巻きコイルの回路
 一番上の行にある6つのコイルL1〜L6(1ターン)がプローブコイルL11〜L15(1ターン)に、結合係数K1〜K6で誘導結合します。10ターンコイルモデルの右にあるコンデンサ列(C101〜C110)がテストベンチとのフローティング(ストレイ)容量です。

<自己共振周波数の確認>

 リファレンスとするためフローティング容量(ストレイキャパシタンス)込みでの自己共振周波数を眺めます。プローブコイルとの結合係数 kp=0 としプローブコイルと縁切り、信号源を供試コイル側に繋ぎます。信号源インピーダンスを高めに採り(500KΩ)コイル側のインピーダンス降下電圧・位相、インピーダンス(絶対値)を見ます。
フローティング容量を加味した供試コイルの回路



0.005pF/1巻き
供試コイルに直接信号印加
フローティング容量 cf=0.005pF/turn


0.05pF/1巻き
供試コイルに直接信号印加
フローティング容量 cf=0.05pF/turn


0.1pF/1巻き
供試コイルに直接信号印加
フローティング容量 cf=0.1pF/turn



<M結合プローブコイル込みでの共振の様子>

 プローブコイル側に信号源の接続を戻しM結合プローブコイル込みでの共振を眺めます。
フローティング容量を加味した供試コイルでのプローブコイルによる計測



 供試コイルのフローティング容量を変化させ共振の様子の変化を眺めたものです。
0.005pF/1巻き
フローティング容量 cf=0.005pF/turn
卓越自己共振周波数は見えてない

0.05pF/1巻き
フローティング容量 cf=0.05pF/turn
卓越自己共振周波数は見えてない

0.1pF/1巻き
フローティング容量 cf=0.1pF/turn
卓越自己共振周波数は見えてない


<プローブコイルの結合を高めた時の共振の様子>

 これまで適用の供試コイルへの結合係数=0.1から供試コイルへの誘起電流を高める結合係数を大きくし共振の様子を眺めたものです。
kp=0.2
結合係数 kp=0.2
卓越自己共振周波数は見えていない

kp=0.4
結合係数 kp=0.4
卓越自己共振周波数が見えている。がインピーダンス変化でそれを観測できるほどではない。


<供試コイルの長手中央位置でプローブコイルと結合>

 供試コイル一端からの誘導励起ではなくソレノイド長手軸の中央から誘導励起します。多段の分布定数伝送網的に眺めると半分の長さの並列接続した電路に同時に誘導させるスタイルです。
cts_link
プローブコイル結合状況 結合先 L51〜L56 結合係数 kp=0.5
結合ストレイ cp=1e-42pF(ゼロpF)


 卓越自己共振周波数がインピーダンスで観測できるほどに改善されます。
cts_link





中型大型の供試コイルの自己共振周波数の計測にあっては、プローブコイルからの励起(M結合による電流誘導)が充分であるまでの結合度を与える必要があり注意が必要です。



coil_resonance.htm